この物語はフィクションであり、登場する人物・組織名・地名等、実際のゲームと同一の名称が登場する場合がありますが、一切関係はありません。
第捌話 【初めてのお使い】
前回のあらすじ
神社の石段から転がり落ちたはずの翔は、気が付くとこの『江湖』の世界にいた。
そこで出会った人々の協力を得、玄勃派で暮らし始める翔。
今後の事も考え、武術を覚えたいとシャオリンに相談する翔であったが……
自信
翔たちは玄勃派の街の一角にある屋敷にいた。
シャオリンが『ユンだったら大丈夫かも?』と言うので、翔たちはユンを訪ねていた。
「ん? 私に稽古をつけて欲しいと?」
「はい!」
ユンは書物を書いていた筆を止めた。
「シャオリンが居るではないか。なぜ私なのだ?」
再び筆を動かし始めるユン。
「だって、わたし刀職だしさぁ。基本は教えられるけど剣技に関しては詳しくないし……」
「私も剣職ではないのだが?」
「ユンだったらさぁ、昔から武術大会とか出てて経験豊富だし、稽古つけてもらうにはいいかなぁ……っと」
「単に稽古を頼める親しい剣士が居らぬだけであろう?」
「うっ……」
「どうやら図星の様だな」
「わ、悪かったわね。友達いなくて」
ユンの嫌味に、不貞腐れるシャオリン。
「まぁ、他ならぬカケルの頼みだ。良かろう、引き受けよう」
書物を書き終わったのだろうか、ユンは筆を硯箱に納めた。
「本当ですか!?」
「うむ。私でよければな。それに、下手に他人に預けてカケルの素性が知れでもしては、それはそれで面倒な事になるのでな」
「ありがとうございます!」
「ただし、稽古をつけるからには、生半可な気持ちで来られては困るぞ。覚悟しておけよ、カケル」
「はい!よろしくお願いします!!」
こうして翔は、朝はシャオリンから武術の基礎を、午後はユンから剣技と気功の鍛錬を教わることになり、次の日から修行は開始された。
――――翌朝 ――――
「どうしたどうしたー! もうバテたのー? はい! あと十周!!」
切り株に座って翔に檄を飛ばすシャオリン。
「って、シャオリンさ〜ん。武術の基礎を教えてくれるんじゃなかったんですか〜」
「武術の基本は『一に体力』よ! こんなんで音を上げてたら、基礎もへったくれもないわよ。つべこべ言わずに、はい! 走った走った!!」
「はぁはぁ。は、は〜い……」
「声が小さーい!!」
「はーい!!」
「がんばるオパ〜♪」
「午後からユンさんとの稽古あるのに、朝からこんなんで大丈夫なんだろうか……」
―――― 午後 ――――
「でやぁぁー! とおぉぉぉ!」
「まだ腰が引けているぞ! もっと軸足を前に!」
「はい!」
ユンは剣の構えや振り方、身のこなし等を一通り教えたあと、翔の素振りを見ながら指導していた。
「よし。初日はこの辺で良いだろう」
翔は壁にもたれ掛かる様に座り込み、流れる汗を拭いた。
「明日からは気功の鍛錬も行うとしよう。その前に『気』について少し話しておこうか」
「あ、はい」
翔は立ち上がりユンの下に行こうとした。
「ああ、そのまま休みながらで良い。触りだけだ、聞いておけ」
ユンは『気』について語りだしたが、専門用語が多すぎて翔には良く分からなかった。
大雑把にまとめると、『気』は誰もが持っている精神エネルギーの様なもので、感情により大きく変化するので、常に平静を保つ精神力が必要だと言うことだろうか。
「……以上が『気』の概要だ。この『気』を己の特性に合わせ、操り、変化さたものが『気功』だ」
扇を片手に熱弁を揮うユン。
「気功の基本はどの職でもほぼ同じだが、それをどう鍛え、どう己の物にするかは人それぞれ。上手く己の特性に合った気功を身に付けることが出来れば、人並み外れた力を発揮する事も出来る様になる。瞬間的に己の肉体を鋼の様に強くしたり、風のように速く走ることも可能だ」
「僕に出来るんでしょうか……」
「初めは誰でも出来ぬのが当然だ。気にすることは無い。徐々に覚えればそれで良い」
「本当に出来るんでしょうか……」
「カケル。何故シャオリンが私にお前を預けたと思う?」
「え? それはユンさんにしか頼む相手がいなかったからだと……」
「まぁ、それもあるだろうが、刀職と言えど、シャオリンは知っての通り、覇王級の侠客だ。剣技はともかく、獣に襲われぬ程度の武術や気の鍛錬であれば、人の手を借りずとも教えることは出来るだろうと思わぬか?」
「それじゃぁ、なぜ?」
「私は、お前には侠客として大成する素質が十分にあると感じている。恐らくシャオリンも同じものを感じているだろう」
「そんな、買被り過ぎですよ……」
「私が言うのだ、間違いない」
「シャオリンも出会って一月程とは言え、同じ家で暮らす仲だ。気が知れた仲であれば、どうしても甘えが出てくる。それでは、お前の素質を引き出せぬと思ったのであろう」
「本当にそうでしょうか……」
「シャオリンもお前を見込んでおるのだ、カケル。自信を持て」
―――― 数日後 ――――
翔の様子を見に来たシャオリンが、窓から顔を覗かせた。
「どんな感じ?」
「ん? シャオリンか」
素振りをする翔の姿を窺うシャオリン。
「へぇ〜。結構いい感じになってきてるじゃない」
「うむ。剣技については飲み込みも早く、あのように様になって来てはいるのだが……気功がな……」
「どうかしたの?」
「気の大きさも十分過ぎる程に上がって来てはいるのだが、どうもそれを無意識の内に抑え込んでしまう様でな……恐らく、大きくなる気をどう扱っていいのか、戸惑っているのであろう」
「それって、自信がないってこと?」
「まぁ、そうかも知れんな。何れにせよ、こればかりは己自身で身に付ける他無いのでな。我らがどうこう言っても仕方あるまい」
「まぁ、そうね……」
「ましてや鍛錬を始めてまだ間もない。ここまで上達するだけでも、大した物だとは思うがな」
「うーん……自信か……」
シャオリンは頬杖をつき、翔の様子を眺めていた。
初めてのお使い
出かける支度をしながら、シャオリンが翔にお使いを頼んでいた。
「お使い?」
「うん。ちょっと急用が出来てさぁ。取りに行けなくなっちゃったんで、代わりに行って、頼んでた武器を受け取ってきて欲しいのよ」
「いいですよ。今日は午後の稽古お休みですから。でも珍しいですね、オパオパも一緒に連れて行くなんて」
「う、うん。ちょっとオパオパが必要でね」
「んじゃ。お願いね。頼んだわよ」
「行ってくるオパ!」
「二人とも、いってらっしゃい」
シャオリンたちを見送った後、翔は武器を受け取るために鍛冶屋へ向かった。
――――玄勃派 鍛冶屋――――
「こんにちは、ダオジャンさん」
「おぅ! カケルじゃねぇか。良く来たな」
ダオジャンは『中原一』と謳われる程の有名な治工で、男気もあり玄勃派の皆からも慕われる存在だ。だが、たまにとんでもない失敗をすることもあるようで、裏では『ダメジャン』とも呼ばれているらしい……
「シャオリンさんが頼んでた物を受け取りに来たんですけど……」
「おぉ、そうか……そいつは済まねえなぁ……ちょっと材料切らしちまってて、まだ出来てないんだ」
「え? そうなんですか?」
「ちょっと急ぎの仕事が入って使っちまってな……悪りぃな」
「なら、また今度出直して……」
そう言って立ち去ろうとする翔を、ダオジャンが引き止めた。
「あ、いや、材料さえありゃすぐ出来るからよ。済まねぇが、フェイウェンのところ行って取って来て貰えねぇかな?」
「あ、別に今日じゃなくても良いと思うんで、そんなに急がなくても……」
「い、いや。せっかく来て貰ったのに、そのまま返すのもな。それにすぐ終わるからよ」
何故か焦った様に話すダオジャン。
「そうですか? 僕は別にかまいませんけど、何を貰ってくれば良いんですか?」
「おぅ、『賢鉄石』ってやつなんだが、フェイウェンに言えば分かるはずだからよ」
「じゃぁ、早速行って来ますね」
「おぅ、頼んだぞ!」
翔はフェイウェンがいる問屋へ向かった。
「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ。危うく帰っちまうとこだったぜ……」
問屋に向かうと、店先にフェイウェンが立っていた。
「こんにちは、フェイウェンさん」
「ん? なんだ坊主か。何の用だ?」
ぶっきら棒なフェイウェン。
「ダオジャンさんに言われて『賢鉄石』を取りに来たんですけど……」
「なに? 賢鉄石だぁ?」
「え、ええ……」
「お前、賢鉄石がどんなもんか知ってるのか?」
「あ、いえ……」
「賢鉄石は滅多に手に入らねぇ、そりゃ〜貴重な石なんだぞ。そんじょそこらの石とは訳がちがう。そう簡単には渡せねぇな」
難癖を付けるフェイウェン。
「ええ!? でもダオジャンさんが……」
「そうだ! こうしよう。いま在庫が少なくなってるもんがあるんだが、獣どもを狩ってそれを集めて来てくれたら、渡してやってもいいぞ?」
「ええ!?」
フェイウェンの悪い癖が始まった。フェイウェンは『あれと交換だ』とか『あれをもって来い』など、何かにつけて交換条件を出す悪い癖がある。根は人情味があり、頼りになる人らしいのだが……
「どうだ?」
「そんなこと、急に言われても……」
「賢鉄石持って行かなきゃなんねぇんだろ?」
「……分かりました。それを捕って来れば良いんですね?」
翔はしぶしぶ条件を飲んだ。
「おぉそうか! 捕りに行ってくれるか!」
「それで、何を捕ってくれば良いんですか?」
「おぅ。狂牛の角十本ほどと狼親分の牙だ」
「それじゃ、捕りに行ってきますから、絶対渡してくださいよ!」
翔は不安を抱きながらも、先ず狂牛の角を捕りに向かった。
翔の姿を見送ったフェイウェンは、柱の後ろに立つ人影に問い掛けた。
「ふむ。行っちまったか……本当にいいのか? これで……」
「ありがと、フェイウェン。これも修行の内だから」
そう答えながら、シャオリンが柱の影から姿を現した。
「あの子、十分上達してるはずなのに、力が出し切れてないのよねぇ。これで自信が付いてくれると良いんだけど……」
「でもよ。よりにもよって狼親分は……ちょっとやり過ぎじゃねぇか?」
「まぁ、大丈夫でしょ? オパオパがこっそり見張ってるから」
「そりゃそうだが……万が一って事も無くはねぇだろ?」
その問いに、一瞬考え込むシャオリン。
「ま、成るように成るわよ。さ〜て、わたしはリァンホンのとこでも行ってこよっかな〜」
そう言うと、シャオリンは店を出て行った。
「おーい! そっちに宿屋はねぇぞー! まったく……心配なら心配だって言やぁいいもんを……」
【次回予告】
狂牛の角を集めた僕は、狼親分と対峙する。
なんか強そうだな……大丈夫かなぁ……
次回 第玖話 【狼の牙】
オパオパちゃ〜ん、見失ったら……分かってるわよね♪